PS 100 pieces一人すごす秋の夕べに。三年前に買った本一冊、 題名もみないままに携え 湯が沸かせるきりの山荘に入る。 外を望める壁ぎわに寄りかかり、 ひんやりと木の触感を背中に受け ゆっくり紅く染まる山肌の影、 黄金の稲穂の音を追う。 すとんと光りの幕が降り、 闇の炎が立ちのぼる。 水滴を帯びた大気が ふと屋根から降りてきて、 頬を辿り、シャツの袖にまとわりついた。 「秋の田の 刈り穂の 庵の苫をあらみ 我が衣手は 露に濡れつつ」*1 【B1 フィジカルレスキュー】 眠れぬ夜にあなたを思う。 あてなく待つときは長い。 賑やかで虚しき会話のこぼれる 深夜プログラム。 いつまでもつき合わせて、 孤独の友にするのをやめてみる。 かじかんだ体を持て余し ひとつ大きく伸びをして ひとりソファに横たわる。 ようやく夜が友になる。 「あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む」*3 【B3 アトランティアン/ハートボトル】 この身に纏った 乱れ模様 もぢ摺りの 衣のごと 真っ赤に 染めたのは 我か そなたか 「みちのくの しのぶもぢずり たれ故に 乱れそめにし われならなくに」*14 【B14 新しい時代の叡智】 深秋に 紅染みて すこし散り透く 水底に ゆらゆら うごめく いにしえからの 魔魅の影 唐衣を敷き詰めた 涼しき水 くれないに 浮かぶかげが いつまでも ついてくる いつまでも 追ってくる 「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からぬれなゐに 水くくるとは」*17 【B17 吟遊詩人I/希望】 還りたい 帰りたい 秋の豊穣を捧げれば この願い叶うのか われ一人 我のみの月 「月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど」*23 【B23 愛と光】 ポータブルに気持ちを交す 流れ流れ増幅されゆく我が思い この妖しき惑い 逢わずに渡す いにしえの みそひともじにも似て 「みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ」*27 【B27 ロビンフット】 郊外に ひとり棲む この東屋に 深遠なる宇宙広がるのを 知るは 我のみ。 「わが庵は みやこのたつみ 鹿ぞすむ 世をうぢ山と ひとはいふなり」*8 【B8 アヌビス】 枯葉つもる道を あてもなく歩く。 夕闇せまり 背をおされる心地がして 足の向いた路地で 遠景を望む。 やや色あせた紅に浸る錦の 少し透いた山肌。 「奥山に 紅葉ふみわけ鳴く鹿の 声きくときぞ秋はかなしき」*5 【B5 サンライズ/サンセット】 誰かとめて 僕をとめて 吹き寄せ めぐり 轟々と鳴る 満座の非難を 浴びたとしても 僕はそこにはいない いないから 誰かとめて この足が踏み出る前に 「山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり」*32 【B32 ソフィア】 ドライヤーの風さえ 厭うようになりし肌へ 夏の果実が われ弾ける刺戟を好み 嵐のうごめきに とどろく心を頼む 秋の空気の つれなさに挑み 重ね衣となって あなたを包む これをもって 真の潤いと成さん 「吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ」*22 【B22 再生者のボトル/目覚め】 月に映る 冷たきおもわのフラッシュバック 逢えば別れ 逢わねば炒られる なんてことも 知りながら 好き好んでゆくのさ この恋の道 「有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし」*30 【B30 地上に天国をもたらす】 眼に映る雑踏の 百年の末 モノと作り手の 煙くらべ 「触れた頬は 灼焔を含んで」 凍み夜に抱えた 久遠の記憶 「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」*77 【B77 カップ】 私の幼馴染は 孤独を知る人 私の旧友は 自分を愉しむ人 私の親友は まだいない 私の盟友は 夢路を漕ぎ続ける人 「たれをかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに」*34 【B34 ヴィーナスの誕生】 ぼくら チャレンジの連続です 下手な鉄砲も 犬も歩けばも 何でもありです じーっと座しているよりも とにかく信じて なんとかなるさと信じて 耕し水撒き 花咲く実りを待つ日々です 例え百年千年かかろうと だって 手には確かに 再びの種があるんだもの 「心あてに 折らばや折らむ はつ霜の 置きまどわせる 白菊の花」*29 【B29 起きて進め】 ときが移り こころ変わる 時が流れ 心あらう 花は去っても 色は残り きみなくしても 僕は静か 「久方の 光のどけき 春の日に しづこころなく 花の散るらむ」*33 【B33 ドルフィン/目的のある平和】 みて この野に溢れる 無数の宝珠 瑠璃(るり)玻璃(はり)白珠(しらたま)、 瑪瑙(めのう)に琥珀(こはく)、 珊瑚(さんご)と沈香(じんこう)、 紅玉(るびい)青玉(さふぁいあ)緑玉(えめらるど)、 黄金(こがね)白銀(しらがね)金剛石(だいやもんど)、 ならびならべて とがらせて さあ なにしてあそぶ? 「しらつゆに 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける」*37 【B37 地上に降りた守護天使】 短夜の そのまたひと時も 露も逢いみることの 叶わぬときは たゆたう波間に 身をのせて 運びゆこうか いまこの瞬間に 「難波潟 みじかき芦の ふしの間も 逢わでこの世を すぐしてよとや」*19 【B19 物質界に生きる】 あの不実な月 満ちてはかける月に誓うのはおやめになって もしどうしてもとおっしゃるなら どうぞあなた自身にお誓いくださいますように あなたを神と頼むわたくしなのですもの 「わすらるる 身をば思はず 誓ひてし 人のいのちの 惜しくもあるかな」*38 【B38 吟遊詩人II/識別】 冬はよる 君といて 冷たき月を愛でるとき こわばりかたまる腕を 合い組み またほどくとき 肌の熱さに驚いて ひとり なお追う時間 「夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿らむ」*36 【B36 慈悲心】 波に乗り 波を越え 波を下り また波 生まれるのを待つ はじまってしまったうねりは もうけっして やむことはなく しってしまったわたしは ただこのらせん すすむのみ 「契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 浪越さじとは」*42 【B42 収穫】 引き篭り 人肌より離れて暮らす 枯れてなお饒舌な山よりも なお寒き なお寂しき日々 この都市の人海の 傍らにいて 「山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば」*28 【B28 メイド・マリアン】 「すぐに出るから」と聞いて 「月を眺めてるから」と電源を切って 髪を解き ゆっくりと梳いて 刻一刻と透明になってゆく 白い明かりに溶けてゆく 待っているのか 知っているのか 知らぬで通すか 暴いて恋わすか 「いま来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ちいでつるかな」*21 【B21 新しい愛への始まり】 宵待ち草 捧げもち うつむき 我を想う君ありと ただ信じて 峰を越える 我を抱く胸 いまだありや なしや 「たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば いま帰り来む」*16 【B16 紫色の衣】 折れんばかりに すがった手にも コンマ一ミリを 埋められぬまま 邪険に払われた 寂寞の裸身抱き 伏せた目の端に 映る小さき白花 「あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな」*45 【B45 ブレス・オブ・ラブ】 また逢えるのだもの 泣かないで 君のおもわにうつる影を 僕はみていなかった もう逢えないのだから 沈黙を守って ただ今宵の約束に駆ける君を 私はながめた 今この恋に次はない そう 同じ夜なんてない 再びに馴れる君との 底なきあいだ 「明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな」*52 【B52 レディナダ 】 人恋しく思うなら ただ愛すること 失うのが怖いなら ただ与えること 孤独を選び ひとり庵にいるのなら 風の色に千客と逢い 心の彩に万人と語らえること 「八重むぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり」*47 【B47 オールド・ソウル(古い魂)】 海にそそぐ 流れの上 きらめくライトに浮かび上がる 大きな橋の いつもの場所で 今宵も待ち合う 人、ひと 交わす吐息が 端から凍り 想いが 言葉が 白く 暖かく 深き夜に 残り来る 「かささぎの わたせる橋におく霜の しろきを見れば 夜ぞふけにける」*6 【B6 エナジーボトル】 いまようやく 僕は生まれた 手のひらの上 微かに揺れる かよわき君に 吐息あわせて この命守れと 僕は生まれた 「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」*50 【B50 エルモリア】 風よ嵐よ! 我が心を打ち砕き なお苛む暗雲よ! そなたがいかに 責め滅ぼそうと 企んでも この志が 微塵となって霧散しても それら梁塵のひとつひとつは 脈打ち 雷鳴の鼓動となって やがて そなたを覆い尽くす その日を いまここから ただ静かに見よ 「風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけてものを 思ふころかな」*48 【B48 癒しの翼】 北へ向かう船から眺める。 潮風を越えて飛び交う 海鳥の ゆくさき見れば 空にコバルト、 遥けき峰に雪の白。 「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」*4 【B4 サンライト】 ぬばたまの夜のごと 拡がり巣食い いつか闇そのものになる 恋を恋とて放さねば 閃光にやける身のごと 溢れ焦がれて いついつまでも癒えぬ銃創に 恋を私に重ねれば 「なげきつつ ひとりぬる夜の 明くるまは いかに久しき ものとかは知る」*53 【B53 ヒラリオン】 漆黒の色に 浮かぶ篝火 熱のとなりは すぐに夜 照り映えたひとつ身の 闇に冷えれば蠢く二心 「みかきもり 衛士のたく火の 夜はもえ 昼は消えつつ ものをこそ思へ」*49 【B49 ニューメッセンジャー】 月はわたし わたしは月 はじめはあなたを 待つ友で いまはわたしも こがねいろ 闇を白銀に 瞳を金剛石に 輝らすものすべてを 彫像に 月はわたし わたしが月 かれは わたしが動かした 空白むまで居る あつき臥所で 「やすらはで 寝なましものを 小夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな」*59 【B59 レディポルシャ】 懐かしきあなたは かの地にまだいるだろうか。 遥かな故郷で ともに眺めた 大海原に 映る光りの 朧な影 ゆく末照らす 山の端の月 「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」*7 【B7 ゲッセマネの園】 それは 私ではないのです あなたの耳に入る おと あなたの眼に映る かたち それは 私ではないのです それは あなたではないのです あなたの喉から出でる 音 あなたの手に触れる 形 それは あなたではないのです 「今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな」*63 【B63 ジュアルクール&ヒラリオン】 ジジジとかすかに燻る丘 陽に煽られて 熱帯びたのか ほのかに煙る風に中てられて 背中丸めて 草上に描く空 「かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」*51 【B51 クツミ】 気まぐれに ぽとりと落ちた一滴に よもや 大河の萌芽があろうとは 誰知らぬまに 溺れゆく 甘く芳醇なる 恋の淵 「筑波嶺の みねより落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる」*13 【B13 新しい時代の変化】 変わらぬ心なんてない 当てにできないのは あなたもわたしも同じこと わたしを焦燥に駆り立てるのは 情熱絶対質量の目盛 なんて危なげに振れること だから恋を急ぐのは 永久と刹那の重さを量るため 「わすれじの 行末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな」*54 【B54 セラピスベイ】 泣きたくて 掌に覆いかねるほど 瞳ふくらむ 瞼に支えかねるほど 何ほどもない ただ在るのみの身に 火熾し 燃え立つ名を与え まだ先をゆかせる 螺旋の芯 「恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋にくちなむ 名こそ惜しけれ」*65 【B65 頭は天に、足は地に】 ジャンル別一覧
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